歴代 NIKE AIR MOC 1994年の誕生から現代までの軌跡と文化的意義

その他
スポンサーリンク
スポンサーリンク

序章:異端児の肖像 – ナイキ エアモックが紡ぐ不朽の物語


本レポートは、ナイキのアウトドアカテゴリー「ACG(All Conditions Gear)」が生んだ、最も独創的でカルト的な人気を誇るフットウェア「AIR MOC(エアモック)」の30年以上にわたる進化の軌跡を、包括的に記録・分析するものである。ご依頼のあった「発売年月」「商品名」「展開カラー」「素材」の4項目を網羅した詳細な年表を基に、その歴史的背景と文化的意義を深く掘り下げていく。

1994年の登場以来、エアモックは単なる「靴」の範疇を超え、時代の精神を映し出すキャンバスとして機能してきた。そのミニマルなデザインは、登山後のリラックスシューズという当初の目的 を超え、やがてタウンユースのアイコンへと昇華した 。シューレースを排した一枚構造のアッパーと、快適性を約束するエアソール。この究極のシンプルさは、時にスニーカー市場の主流から外れながらも、熱狂的な信奉者を生み出し、ファッションとテクノロジーの進化の波を受け止めながら、今日まで命脈を保ち続けている。

本レポートでは、この「異端児」がいかにしてスニーカー史において特異な地位を築き得たのか、その根源的な魅力に迫る。以下の各章では、時代ごとのリリースを詳述するとともに、技術革新、ファッションとの相互作用、そして文化的受容の変遷を時系列で追跡する。それは、一足の靴の物語であると同時に、過去30年間のストリートカルチャーの変遷を映す物語でもある。

NIKE 【Air Moc 2006年復刻】をレビュー!リアルな感想とサイズ感をご紹介
四半世紀を超えて愛されるモデル「ナイキ エアモック」1994年に誕生し、今なおカルト的な人気を誇るナイキ エアモック。今...
スポンサーリンク

第1章:快適性の創世記(1994年~1999年) – カルト的人気の萌芽

誕生の背景 – 1994年、ACGの実験的精神

Nike Air Max 95

1990年代半ば、スニーカーの世界は「より多く、より速く、より未来的」を志向するハイテクスニーカーブームの渦中にあった。特に1995年に登場する「エアマックス95」は、その複雑なレイヤー構造と画期的なビジブルフォアフットエアで社会現象を巻き起こすことになる 。このようなマキシマリズム(過剰主義)が席巻する時代に、ナイキは全く逆のアプローチを試みた。それが、1994年にACGラインから登場したエアモックである。

開発を担当したのは、ナイキの先進的製品開発グループ(APE – Advanced Product Engineering Group)に所属していたデザイナー、トリー・オーゼック(Tory Orzeck)とスティーブ・マクドナルド(Steve McDonald) 。彼らのコンセプトは「活動前後のための靴(pre- and post-activity shoe)」、あるいは「21世紀のモカシン」 であり、パフォーマンスの向上ではなく、究極の快適性とリラクゼーションを追求したものであった 。そのユニークなフォルムは、日本の地下足袋、ネイティブアメリカンであるナバホ族の伝統的なモカシン、古タイヤを再利用したサンダル、さらには1950年代に日本で人気を博した自動車「日産フィガロ」まで、実に多岐にわたる要素からインスピレーションを得ていたとされる 。

https://www.nissan.co.jp/HERITAGE/DETAIL/397.html

この「引き算のデザイン哲学」は、主流のハイプからは外れたが、その特異性が逆にファッション感度の高い層、特に日本の裏原宿カルチャー周辺で高く評価されることとなる 。後にストリートファッションのカリスマとして知られる藤原ヒロシ氏が雑誌で紹介したことも、そのカルト的人気を後押しした一因であった 。エアモックの初期の人気は、時代の主流であったハイテクブームへの意図的なカウンター(アンチテーゼ)として機能した結果、生まれた必然的な現象であったと言える。

「Air Ida」事件とサステナビリティ思想の萌芽

エアモックの独創性は、その初期名称を巡る逸話にも表れている。当初、アッパーに設けられた通気孔が、フォークで穴を開けたベイクドポテトのように見えたことから「Air Ida(エア・アイダ)」と名付けられた 。しかし、これは米国の食品大手ハインツが所有する冷凍ポテトブランド「Ore-Ida」との商標問題を招く可能性があったため、発売直前に「Air Moc」へと変更されたという 。このエピソードは、製品の奇抜な見た目を物語ると同時に、その後のカルト化を予感させるものであった。

さらに特筆すべきは、この時代において極めて先進的であった環境配慮の思想である。エアモックの初期モデルのアウトソールには、ナイキが自社の中古シューズを回収・加工して再利用する「Reuse-A-Shoe」プログラムから生まれた再生素材「ナイキグラインド」が使用されていた 。エコやサステナビリティが現代ほど注目される以前の1990年代に、このような取り組みを製品に導入していたことは、エアモックがデザインだけでなく、その哲学においても時代を先取りしていたことを示している。この思想は、後にナイキが推進する接着剤を使用しない「コンシダード」製法や、今日のサステナビリティ戦略の源流の一つと位置づけることができ、製品の文化的価値を一層高めている。

初期モデルとディテールの変遷

コレクター市場において、初期のエアモックは製造年によってディテールが異なり、その識別が重要な意味を持つ。

  • 1994年~1995年: 複数の資料が1994年を初代の発売年としており、当初はブラックとブラウンのスムースレザーまたはヌバックレザー製モデルが展開されたと見られる 。1995年には、ウィートカラーのヌバックアッパーにブラックソールを組み合わせたモデルが「ファーストカラー」として言及されており、これが初期を象徴するカラーリングとして認識されている 。
  • 1996年~1997年: この時期の最も顕著な変化は、ヒール部分のACGロゴである。1996年モデルまでは旧来の三角形ロゴ(通称:三角ロゴ)が使用されていたが、1997年からは肺をモチーフにした新しい「Lungs」ロゴへと変更された 。1996年にはダークブラウンの本革モデルやキャンバス素材のモデルが 、1997年にはチャコールグレーのスエードモデルなどが登場している 。
  • 1998年~1999年: 素材のバリエーションがさらに拡大。1998年2月には、毛足の長いスエードを起毛させフリースのような質感を再現したリミテッドモデルが発売された 。また、通気性に優れたメッシュ素材を用いた「AIR MOC TEXTILE」もこの年に登場し、霜降りグレーなどのカラーが確認されている 。1999年にもブラウンのスムースレザーモデルなどが継続して販売されていた 。

これらのディテールの変遷は、エアモックが単一のデザインに留まらず、発売初期から素材や細部のマイナーチェンジを繰り返しながら進化していたことを示している。

表1:NIKE AIR MOC リリース年表(1994年~1999年)

発売年月 商品名 展開カラー 素材(アッパー / アウトソール)
1994年 Nike Air Moc ブラック、ブラウン スムースレザー、ヌバック / ラバー(ナイキグラインド含有)
1995年 Nike Air Moc ウィート / ブラック ヌバック / ラバー(ナイキグラインド含有)
1996年 Nike ACG Air Moc ダークブラウン レザー、キャンバス / ラバー
1997年 Nike ACG Air Moc メッドチャコール / ヘザーグレー / ブラック スエード / ラバー
1998年2月 Nike ACG Air Moc チャコールグレーなど 起毛スエード(フリース調) / ラバー
1998年 Nike ACG Air Moc Textile ブラック、霜降りグレー メッシュ / ラバー
1999年 Nike ACG Air Moc ブラウン スムースレザー / ラバー

注:発売年や素材、カラーについては、現存するヴィンテージ品や当時の資料からの推定を含みます。

NIKE 【Air Moc 2006年復刻】をレビュー!リアルな感想とサイズ感をご紹介
四半世紀を超えて愛されるモデル「ナイキ エアモック」1994年に誕生し、今なおカルト的な人気を誇るナイキ エアモック。今...
スポンサーリンク

第2章:多様化の10年(2000年~2009年) – 進化と実験の時代

2000年代に入ると、エアモックはそのDNAを維持しつつも、機能性やデザインの多様化を模索する「実験の時代」へと突入する。初代の成功を単発で終わらせず、シリーズとして確立しようとするナイキの意図が、後継モデルや派生モデルの登場から見て取れる。しかし、これらの試みは、初代が持っていた「究極のシンプルさ」という魅力を、ある意味で試すことにもなった。

後継モデル「Air Moc 2」と派生モデルの登場

ACG Izy Moc

  • Air Moc 2 (2001年~2002年): 初代の登場から7年後の2001年、後継モデルとなる「ACG Air Moc 2」がリリースされた 。基本的なスリップオン構造は継承しつつも、アウトソールはアッパーに直接ステッチで縫い付けるデザインに変更され、よりクラフト感のある外観となった 。また、足首周りのカットが初代よりもわずかに低く設定され、インソールには吸湿性の高いタオル地(テリークロス)が採用されるなど、快適性をさらに追求する改良が加えられた 。カラーリングも、発色の良いライトブルーなどが登場し、新たな表情を見せた 。2002年には、ローカットに加えて足首を保護するミッドカット版の「Air Moc Mid 2」も登場し、ラインナップを拡充した 。
  • Izu Moc / Soc Moc (2000年、2002年): この時期、エアモックの系譜にはいくつかのミッシングリンクとも言えるモデルが存在する。2000年には「ACG Izy Moc」という、スエードアッパーにジッパー開閉機構を備えたユニークなモデルが登場した記録がある 。また、2002年には「Air Soc Moc」という類似モデルも確認されており 、ナイキが「Moc」というコンセプトを軸に様々なデザインを試みていたことがうかがえる。これらのモデルは生産数が少なく、現在ではコレクター市場で極めて希少な存在となっている。

ライフスタイルへの傾倒と「プレミアム化」の萌芽

2000年代後半、エアモックはそのアイデンティティを、元来のアウトドア・リカバリーシューズという文脈から、より洗練された都市生活者のためのプレミアム・ライフスタイル・フットウェアへとシフトさせ始める。その明確な兆候が、2008年の冬シーズンにリリースされた「Air Moc Warmth」である。

Air Moc Warmth

このモデルは、単なる過去モデルの復刻ではなかった。アッパーには上質なプレミアムスエードを採用し、ライニングには3M社が開発した高機能中綿素材「Thinsulate(シンサレート)」を搭載 。これにより、「冬のコンフォートシューズ」という新たな価値を付加した。さらに重要なのは、このモデルが「Tier 0」と呼ばれる、ナイキの中でも最高ランクに位置づけられるごく一部の限定店舗のみで販売されたことである 。これは、ナイキがエアモックをマスマーケット向け製品ではなく、特定の価値観を持つ消費者に向けた、より希少性の高いアイテムとして位置づけ始めたことを示唆している。この戦略は、後のTech Fleece版や各種ハイブランドとのコラボレーションに見られる「プレミアム化」「ファッション化」への明確な布石であった。

表2:NIKE AIR MOC リリース年表(2000年~2009年)

発売年月 商品名 展開カラー 素材(アッパー / アウトソール)
2000年 Nike ACG Izu Moc ベージュ スエード / ラバー
2001年 Nike ACG Air Moc 2 ライトブルー、ブラウンなど レザー、スエード、テリークロス(インソール) / ステッチドラバー
2002年 Nike ACG Air Moc Mid 2 ブラウンなど レザー、スエード / ステッチドラバー
2002年 Nike Air Soc Moc ブラックなど 合成素材 / ラバー
2005年 Nike ACG Air Moc (復刻) スモークブラウン スエード / ラバー
2006年 Nike ACG Air Moc (復刻) ブラック、ブラウン(1stカラー復刻) スムースレザー、ヌバック / ラバー
2008年 Nike ACG Air Moc Warmth アンスラサイト / ブラック プレミアムスエード、Thinsulateライニング / ラバー

注:この年代のモデルは情報が断片的であり、上記は現存する資料から再構成したものです。

NIKE 【Air Moc 2006年復刻】をレビュー!リアルな感想とサイズ感をご紹介
四半世紀を超えて愛されるモデル「ナイキ エアモック」1994年に誕生し、今なおカルト的な人気を誇るナイキ エアモック。今...

第3章:テクノロジーとの融合(2010年~2019年) – コラボレーションと革新

2010年代、エアモックはナイキの最新テクノロジーとハイファッションの世界との邂逅を果たし、そのアイデンティティを劇的に進化させる。この10年間で、エアモックは単一の製品から、ナイキのイノベーションとコラボレーション戦略を体現する、柔軟で拡張性の高い「デザイン・プラットフォーム」へと変貌を遂げた。そのミニマルなアッパーデザインは、様々な素材やソールユニットを受け入れるキャンバスとして機能し、製品寿命を大幅に延長させると同時に、新たなファン層を開拓することに成功した。

素材とソールのアップデート

ナイキはこの時期、自社のアパレルラインで成功を収めていた素材や、最新のソール技術をエアモックに積極的に導入した。

Air Moc Bomber

  • 多様なアッパー素材 (2010年~2016年): 2010年には、秋らしい温かみのあるヘリンボーン織りのテキスタイルを採用したモデルや、日本のデザインスタジオから生まれたカプセルコレクション「Athletics Far East (AFE)」の一環として、独自のA.F.E.カモフラージュ柄をまとったモデルが登場した 。2011年には「Air Moc 1.5」へとアップデートされ、コットンアッパーのモデルなどがリリースされた 。そして2016年、NikeLabから「Air Moc Tech Fleece」が発売される 。ナイキの主力アパレル素材である軽量で保温性に優れたテックフリースをアッパーに採用し、現代的なアスレジャースタイルとの親和性を高めた。同年には、プレミアムヌバックレザーと保温性の高いシアリングフリースライニングを組み合わせた「Air Moc Bomber」もリリースされ、高級感を演出した 。
  • Ultraソールの導入と「Chukka Moc」 (2016年~2017年): 2016年、ソールユニットに大きな革新がもたらされる。従来のラバーソールに代わり、大幅に軽量化されたフォーム素材の「Ultra」ソールを搭載した「Air Moc Ultra」が登場 。このソールには、足の自然な動きを促進する「Natural Motion(ナチュラルモーション)」の屈曲溝が刻まれ、柔軟性が飛躍的に向上した 。翌2017年には、このAir Moc Ultraをベースに、足首までを覆うブーツ形状にアレンジした派生モデル「Air Chukka Moc Ultra」が誕生。スエードアッパーで季節感を演出し、秋冬のスタイリングに対応する新たな選択肢を提示した 。

歴史的コラボレーションによる価値の再定義

2010年代後半、エアモックはファッションとテクノロジーの最前線を走るブランドとのコラボレーションを通じて、その文化的価値を飛躍的に高める。これらの協業は、単なるカラーや素材の変更に留まらず、エアモックという製品の「意味」そのものを再定義する戦略的な行為であった。

COMME des GARÇONSコラボモデル

Air VaporMax Moc 2

  • COMME des GARÇONS (2017年): 川久保玲が率いるコム・デ・ギャルソンは、NikeLabとのコラボレーションで、アッパーからソールまで全てをピュアホワイトのレザーで統一したAir Mocを発表 。ACGの「アウトドア・ギア」という元来のイメージを脱ぎ捨て、モードという「ハイファッション・オブジェクト」としての側面を決定づけた。
  • ACRONYM (2018年): ドイツ・ベルリンを拠点とする先鋭的なテックウェアブランド、ACRONYMの共同創設者エロルソン・ヒューは、エアモックのシューレースのない構造と、ナイキの革新的なクッショニング技術であるVaporMaxソールを融合させた「Air VaporMax Moc 2」をデザインした 。伸縮性に富んだFlyknitアッパーには、ACRONYMのAをモチーフにした独特のグラフィックがプリントされ、未来的な外観を呈した。このコラボレーションは、エアモックをテックウェアの文脈に接続し、その先進性を強く印象付けた。
  • Nike N7 x Pendleton (2019年): 北米の先住民族コミュニティを支援するナイキのN7基金コレクションの一環として、米国の老舗ウールウェアブランド「Pendleton」の伝統的な柄のウール生地をアッパーに採用したモデルが登場 。これにより、エアモックはクラフトマンシップと文化的な物語性をまとうことになった。

これらのコラボレーションは、エアモックのターゲット層と価格帯を上方にシフトさせ、ニッチなカルトシューズから、誰もがそのデザイン的価値を認めるアイコンへと地位を高める上で、決定的な役割を果たした。

表3:NIKE AIR MOC リリース年表(2010年~2019年)

発売年月 商品名 展開カラー 素材(アッパー / アウトソール)
2010年 Nike Air Moc レッドプラム/スモーク、スパイス/スモーク ヘリンボーンテキスタイル / ラバー
2010年 Nike Air Moc AFE グレーカモ、レッドカモ テキスタイル / ラバー
2011年 Nike ACG Air Moc 1.5 ブライトカクタスなど コットン / ラバー
2016年2月 NikeLab Air Moc Tech Fleece グレーヘザー、ブラック テックフリース / Ultraソール
2016年12月 Nike Air Moc Bomber コニャック、ブラック プレミアムヌバック、シアリングライニング / ラバー
2017年2月 Nike Air Moc Ultra オフホワイト、ブラック スエード / Ultraソール(Natural Motion)
2017年10月 Nike Air Chukka Moc Ultra ブラック、ブラウン、ベージュ スエード / Ultraソール
2017年2月 COMME des GARÇONS x NikeLab Air Moc ホワイト レザー / ラバー
2018年3月-5月 ACRONYM x Nike Air VaporMax Moc 2 ライトボーン/ボルト、ブラック/ボルトなど Flyknit / VaporMax Airユニット
2019年11月 Nike N7 Air Moc ‘Pendleton’ マルチカラー(Pendletonウール) ウール、スエード / ラバー

第4章:現代における再評価(2020年~2025年) – スリップオンの復権

2020年代、エアモックは再び大きな注目を集める。このリバイバルは、単なる懐古趣味的な復刻ではない。世界的なパンデミックが引き起こしたライフスタイルの変化と、それに伴うファッショントレンドが、30年前に提唱されたエアモックの哲学と奇跡的に共振した結果であった。在宅時間の増加により「快適性(コンフォート)」が最重要視され、着脱が容易なスリップオンやミュールが市場を席巻する中で、エアモックは時代の要請に完璧に応える存在として再評価されたのである 。

さらに、アウトドアウェアを日常的に着こなす「ゴープコア(Gorpcore)」スタイルの隆盛も、エアモック人気を後押しした。ACGという本格的なアウトドアラインにルーツを持つ出自は、このトレンドに不可欠な「真正性(オーセンティシティ)」を担保し、そのミニマルなデザインは他のハイキングシューズとは一線を画す洗練さで、ファッションアイテムとして極めてスタイリングしやすかった 。エアモックは、「快適性」と「アウトドアの真正性」という二つの現代的トレンドの交差点に完璧に位置することで、現代のストリートファッションを象徴するキーアイテムとしての地位を確立した。

新世代モックとオリジナル回帰

この時代のリリースは、未来的なデザインを追求した新世代モデルと、初代の意匠を尊重したオリジナル回帰という二つの潮流で特徴づけられる。

  • 新世代モック (Moc 3.0 / 3.5): 2019年末、ロサンゼルスのセレクトショップUNION別注のチーター柄で先行登場した「ACG Moc 3.0」は、2020年に本格展開された 。非対称な履き口やキルティング加工されたアッパー、ソックスのようなライナーが特徴で、より現代的な快適性を追求した 。タイダイ柄や日本の富士山をモチーフにした「Mt. Fuji」など、遊び心のあるデザインが多数リリースされた 。2022年には、これをさらにアップデートした「ACG Moc 3.5」が登場。北京冬季五輪でTeam USA向けモデルとしてお披露目された後、一般向けにも多彩なカラーが展開された 。
  • オリジナル回帰と素材の多様化 (2023年~): 2023年、ナイキは初代に近いデザインのエアモックを大々的に復刻するキャンペーンを開始 。その特徴は、かつてないほどの素材とカラーの多様性にある。
    • キャンバス: オリーブグリーン、ネイビー、ラギッドオレンジなど、軽快な印象のキャンバス素材モデルが多数登場 。
    • スエード: ウィートやラセットといったアースカラーから、夕焼けを思わせるグラデーションカラーの「オレンジモーヴ」まで、質感と色味で高級感を演出したプレミアムなスエードモデルが展開された 。
    • レザー: 定番のブラックレザーに加え、クロコダイルスキンのようなワイルドな型押しレザーを採用した「カカオワウ」が登場し、大きな話題を呼んだ 。

派生モデルとコラボレーションの継続

エアモックのプラットフォームとしての役割は2020年代も継続している。

VaporMax Moc Roam

  • UNDERCOVER x Nike Moc Flow (2023年): 高橋盾のアンダーカバーは、ISPAラインの先進的なソールユニットとモックのアッパーを融合させた「Moc Flow」を発表。上質なレザーアッパーとトグルロックシステムが特徴で、ACGとは異なる洗練されたアプローチを見せた 。
  • VaporMax Moc Roam / ACG Izy (2023年~): VaporMaxソールを搭載した最新版「VaporMax Moc Roam」や、ジッパー付きのスエードモデル「ACG Izy」など、モックのDNAを受け継ぐ新たな派生モデルも登場し続けている 。

このリリースラッシュは、エアモックが過去の遺産ではなく、今なお進化を続ける生きたデザインであることを明確に示している。

表4:NIKE AIR MOC リリース年表(2020年~2025年)

2020年5月 Nike ACG Moc 3.0 タイダイ、ミッドナイトネイビーなど キルティングテキスタイル / ラバー、フォーム
2020年8月 Nike ACG Moc 3.0 ‘Mt. Fuji’ ブラック/ハバネロレッド テキスタイル(溶岩柄) / ラバー、フォーム
2022年3月~ Nike ACG Moc 3.5 ヘンプ、ネオンオレンジ、ネプチューングリーンなど リップストップ、合成素材 / ラバー、フォーム
2023年4月 UNDERCOVER x Nike Moc Flow ブラック、エールブラウン レザー / ISPA Flowソール(フォーム)
2023年4月~ Nike ACG Air Moc モス、ブラックアンスラサイト、ラギッドオレンジ、オーシャンブリスなど キャンバス、レザー / ラバー、フォーム
2023年7月~ Nike ACG Air Moc ウィート、ラセットなど スエード / ラバー、フォーム
2023年8月 Nike ACG Air Moc ブラック レザー / ラバー、フォーム
2024年2月 Nike ACG Moc Premium ‘Cacao Wow’ カカオワウ(ブラウン) 型押しレザー(クロコダイル調) / ラバー、フォーム
2024年2月 Nike ACG Moc ‘Orange Mauve’ オレンジモーヴ(グラデーション) スエード / ラバー、フォーム
2024年5月 Nike ACG Air Moc ‘Navy’ ネイビー キャンバス / ラバー(ナイキグラインド含有)
2024年~ Nike ACG Izy カーキ、フォトンラスト スエード / ラバー
2023年~ Nike VaporMax Moc Roam ブラック、ライトストーン、バーガンディクラッシュなど テキスタイル / VaporMax Airユニット

結論:30年の時を経て – なぜエアモックは今なお人を惹きつけるのか

1994年の「異端児」としての誕生から、2000年代の多様化を模索した実験、2010年代のテクノロジーとハイファッションとの融合、そして2020年代の現代的トレンドとの共振による力強い再評価まで、ナイキ エアモックの30年以上にわたる歩みは、スニーカーが一つの製品としていかにして生き残り、進化し、文化的な意味を獲得していくかを示す類まれなケーススタディである。

その不朽の魅力は、三つの核心的な要素に集約される。

第一に、デザインの普遍性である。究極まで無駄を削ぎ落とした一枚仕立てのスリップオンというシルエットは、特定の時代に縛られることのない、本質的でタイムレスな魅力を放っている。このミニマリズムが、エアモックを流行り廃りのサイクルから超越した存在へと押し上げた。

第二に、快適性という揺るぎない本質である。パフォーマンス向上のための技術競争が激化するスニーカー市場において、「足をリラックスさせる」という当初のコンセプトは、一貫して守り抜かれてきた。この快適性第一の哲学は、特に心と身体のウェルネスが重視される現代のライフスタイルにおいて、ますますその重要性を増している。

そして第三に、カルチャーのキャンバスとしての適応力である。エアモックのシンプルなデザインは、逆説的に、驚くべき多様性を受け入れる「キャンバス」として機能した。ヌバックからテックフリース、VaporMaxソール、そしてハイブランドの思想まで、あらゆる素材、テクノロジー、カルチャーをその身にまとい、常に自己革新を続けてきた。

結論として、ナイキ エアモックは単なる復刻モデルではない。それは、時代の要請に応じてその姿を変えながらも、快適性という不変の核を保ち続ける、生きたデザイン遺産(Living Design Heritage)である。その歴史は、ナイキの革新性の歴史そのものであり、スニーカーとカルチャーがいかに深く相互作用し合うかを物語る、最も雄弁な一足と言えるだろう。

NIKE 【Air Moc 2006年復刻】をレビュー!リアルな感想とサイズ感をご紹介
四半世紀を超えて愛されるモデル「ナイキ エアモック」1994年に誕生し、今なおカルト的な人気を誇るナイキ エアモック。今...

この記事を書いた人

AI

お名前 AI太郎
お仕事 家事手伝い
プロフィール 年齢不明。
日々のAIの進歩の速さについていけず、朦朧とする日々を過ごしている。
足のサイズ 足長:約25.5cm、足幅:不明
昔はレッドウィングを履きまくっていたが、今はシンプル&定番&王道のスニーカーを好む。
タイトルとURLをコピーしました